ある猫ちゃんが、去勢手術前の健康診断の為に来院しました。
去勢手術とは男の子の猫ちゃんの精巣を切除する手術です。去勢手術を推奨する理由としては1.繁殖能力のコントロール。(むやみに子供を作らせない。) 2.外出の制限。(ケンカをして怪我をしたり病気になったり、交通事故などにならないようにする。)3.性ホルモンに依存する病気の発症を抑制。等が理由 として挙げられ、近年飼い猫に対しての中性化(去勢手術、避妊手術)が一般的に行われるようになりました。
そんな中でその猫ちゃんもこれからより外出機会が増えることによって交通事故や病気の可能性。あとは望まれない野良猫ちゃんが増えないようにとのいくつ かの理由で去勢手術を行うこととなったのです。初めての診察でしたのでまずは健康診断を受けて頂き全身麻酔による去勢手術が安全に行われるかどうかを チェックいたします。チェックをクリアーいたしますと手術の予約を決めて、後日手術の為に来院して頂き、1泊2日の入院となります。入院後は再度、健康診 断を行い更に血液検査を行い麻酔に対するリスク要因を調べていきます。
この猫ちゃんは自宅では大変元気で食欲も旺盛。手術に関しては全く問題なさそうでした。順調に健康診断を行っているとお腹の中にしこりがあるではありま せんか。大きさは鶏の卵よりも、もうひとまわり大きくした様な比較的硬いものです。触診を繰り返していますと左側の腎臓が腫大している可能性が疑われまし た。オーナー様には現時点でその猫ちゃんが持っている病気の可能性を説明し検査させて頂くことになりました。そのときに必要な検査としては単純レントゲン 検査、尿検査、腹部超音波検査でした。
単純レントゲン検査(写真1)番は体を横にして撮影した写真となります。
画面中央やや左に大きな白い塊があります。それが問題となっているしこりです。(大きいですね。)ちなみに画面中央やや右の大きな白い塊は膀胱を現しています。
(写真1)
同様に単純レントゲン写真です。(写真2)この写真は仰向けで撮影した写真です画面の左右が逆なので画面の右側に問題の腎臓が現れています。直径は反体側の腎臓に比べて約1.5〜2倍の大きさがあると思われます。
(写真2)
続けて腹部超音波検査を行いました。左側の腎臓の中身は全て液体が疑われる所見となりました。(腎臓が風船のように膨れ上がり中には液体が貯留してい る。)更にその腎臓と思われる臓器に対してFNA(針吸引生検)を行いました。得られたものは黄色い液体で尿と酷似した性状でした。反対側の腎臓について は正常の所見が得られました。(検査時では片側の腎臓のみが病気となっている様子です。)
加えて尿検査(膀胱にたまっているオシッコを検査)では大きな異常は認められませんでした。
この時点で左側の腎臓に水腎症、もしくは嚢胞腎が疑われました。
これによりこの問題を起こしている腎臓は機能していないばかりか放置することにより体に悪影響を起こす可能性が否定できないこともあり手術により摘出する ことになりました。(オーナー様のご希望は去勢手術であったのでそちらも行うことをお約束しました。)
手術前に排泄性尿路造影検査を行いました。血管内に特殊な薬(血管造影剤)を注入しレントゲンを撮影します。(写真3)画面中央にそら豆上の塊が見えま す。それが正常と思われる右腎臓です。そのそら豆のくぼみの中央から白い線が立ちあがりすぐに右に直角に曲がっているのが見えると思います。それが造影さ れた右腎臓です。よって排泄性尿路造影検査では右腎臓の正常な働きが証明されました。腎臓は2個ありますから1個が正常に機能している場合は腎臓摘出は比 較的安全に行うことが出来ます。
(写真3)
写真4)は手術時のものです。開創器を使って患部を大きく開けています。中央に見られる赤い塊が問題の腎臓です。肉眼的には腎臓の組織構造は認められず、薄い膜に液体がたまっている感じです。
(写真4)
腎臓には腹腔内の脂肪の癒着が所々認められ、それらを剥がしながら摘出を進めていきました。腎臓に入る動脈と静脈を結紮しさらに尿管(腎臓から膀胱に続くオシッコのとおる管)を分離していきます。尿管は膀胱の開口部付近で結紮しました。
摘出された腎臓です。(写真5)丸い形の塊(腎臓)と紐の様な構造物(尿管)を示しています。
(写真5)
摘出した腎臓の割面です。(写真6)切開したとたんに勢いよく黄色い液体があふれだしあっという間にしぼんでしまいました。しぼんだ後の内腔は組織構造は 全く見られずタダの膜の様な状態でした。しかしその一部に腎臓の組織と思われる構造が認められましたので、そのほとんどは異常組織によって置き換われてい たのです。
(写真6)
尿管の開口部の拡大写真です。(写真7)画面中央に見られるだ円形の穴が尿管です。そこから細い糸を通しましたが尿管を通過することが出来ませんでした。よって尿管の異常も疑われます。
(写真7)
診断は嚢胞腎による腎萎縮としました。
多発性嚢胞腎とは腎実質に大きいものから小さいものまでいろいろな数の液体で満たされる嚢胞形成を特徴としております。動物の症状はなにも認められないも のから急速に腎不全に移行するものまで様々です。片側性の病変であれば腎摘出が有効ですが両側性の場合は支持療法のみが施されますが予後は決してよくあり ません。ペルシャ猫では一連の多発性嚢胞腎の発症が家族性(遺伝性)とされています。
去勢手術で健康診断なのに思いがけない病気を発見することが時にあります。特に臨床症状が認められないときには食欲と元気があるということだけで問題無 しと考えがちですが、きっちりとした健康診断が大切なのだと改めて痛感いたしました。
健康診断 重要です!